マンガと植物と盗み聞き

休みにしていることや考えたことを振り返りつつ紹介しています。マンガを読んだり,盗み聞きしたり、

雨の日は会えない,晴れた日は君を想うを見て

休暇に入ってマンガや映画を見る余裕ができてきました。今週は映画を3本。マンガを3本。映画はどれも興味深かった。登場人物の生き方在り方が丁寧に描かれていて,また人物を取り巻く場も丁寧に美しく描かれていました。マンガもそれなりに面白かった。

 

その中の一つ。「雨の日は会えない,晴れた日は君を想う」について。

奥さんに交通事故で先立たれた主人公が錯乱状態に陥り,社会的転落するも奥さんへの愛を追認していく話。

 

この映画のほとんどは主人公の錯乱ぶりを描いている。この描写がたまらない。始めに自動販売機の業者に自分語りをふんだんに盛り込んだクレームの手紙を出す。これをきっかけにから,この文通で新たな人間関係を育み,奥さんの死を乗り越えて行くのかなと思いきや不倫まがいのことをしたり,不倫(まがい)相手の息子の反社会的行動に加担したり,色々な物を壊したりと破滅の一途をたどっていく。

 

そんなことまでしてるのにで主人公の認識は奥さんのことを愛していなかった,奥さんの両親が気に入らないというもの。しかし,愛してなかったら,そこまで精神的に参ることはないだろう。心の表層では愛していないと認識していても物語の終盤では主人公も自分と奥さんの関係がかけがえのないものであったことに気付く。愛ってなかなか捉えづらいもの,扱いづらいものなんだなーと思った。なぜだろうと思う。主人公にも奥さんへの愛があったとして,常に愛情を表出させていることができれば幸せだったろうし,奥さんを失った悲しみが不倫や破壊という歪んだ形で表出されることもないように感じた。でもそうじゃなかった。出会い方がよくなかったから?日々の暮らしですれ違っていたから?奥さんの両親と折り合いが悪かったから?色々なことが積もり積もってあの形で愛情の裏返しとも言える行動に主人公は出たのだと思うよ。

 

物語の中で主人公に起きたことの原因は奥さん死ではなく,なんとなくズレた日常の積み重ねなのだと思った。製作者にそんな意図は無いと思うけど。

 

 

物語,人物の描き方が丁寧な映画が好きだ。この作品はここまで書いてきた物語の中で主人公に起きた出来事だけでなくその背景ある暮らしをも想像させるところが素晴らしい。