マンガと植物と盗み聞き

休みにしていることや考えたことを振り返りつつ紹介しています。マンガを読んだり,盗み聞きしたり、

趣味や仕事で論文を書く人たち。研究者に聞く山岳信仰の神さまって何なの?

 僕の上司なんかがそうなんですが,歴史好きが高じて趣味で論文を執筆しています。お地蔵さんや民間信仰なんかについて研究しているようなんですが,楽しそうです。この他,僕の趣味である山野草も植生調査を行って学会なんかに参加している人もいます。

 

 田舎に住みながら趣味や仕事として研究をして論文まで書いているというのはかっこいいなって思います。今日は郷土の歴史を研究されている方に山岳信仰についてインタビューすることができたのでそのまとめを。

 

 

 

水神さん,お地蔵さん,お山の神さん

「神さま」と「神さん」

 神さまってよく言いますよね。でも,僕の地元ではお水神さんとかお地蔵さんとか言って神仏をさん付けする風習があります。

 

 これは全国的にある傾向だと思います。八百万の神というくらいだから,日本にはたくさんの神さまがいる中で,神さまと神さんにはどのような違いがあるのだろうかということが今回の疑問の出発点です。

 

 神さんと呼ばれるに至る逸話がある説や神様は女性で「カミさん」である説など考えてみるといくつか仮説があったのですが,わからん。

 

 

 そこで,思い立って地元の民族資料館に電凸してみることに。

 

…そしたら,なんと話を聞かせてくることに!これはラッキーってことで早起きして休日なのにスーツを着て出かけて行きました。

 

 そして,館長じきじきにお話ししてくださいました。これがなんと,この館長さん,数年前に民間信仰について論文をお書きになったそうで神さまと神さんの違いについて専門家からお話しを聞くことができました。

 

 

 

神社にはランクがある。

 では,どうして神さまと神さんがいるのか,それは神という存在の捉え方と神社の格,つまりランクが関係しているとのこと。

 

八百万の神

 日本には神様がたくさんいるそうです。よくいう八百万の神というもの。これは,どちらかというと原始的な考え方で世界各地で見られる様です。日本もその例の1つです。

 

 では,なぜ日本ではその原始的な神様観が残ったのかについて。

理由は2つ。1つは,狩猟採集民族であったことの名残。もう1つは島国であったこと。狩猟や採集をすることは自然を相手にすることであるから,人々は自然現象全てを崇め,豊作を祈ったとのこと。また,島国であることから他地域の宗教が入りづらかったことも考えられるということも聞きました。このような背景から日本には原始的な神様観が残ったとのことです。

 

 

近代社格制度

 たくさんの神様がいる中,えらい神様とそうでない神さんがいるの?ってことが気になります。そこには神様自体の序列ではなく,神社のランクが関係しているとのこと。神社のランクって何?ってことになると話は江戸・明治時代にさかのぼるそうです。江戸時代はお寺の力が強かったそうです。それはお寺が檀家制度を司っていたから。

 

 檀家制度というと現在では葬祭供養をお寺に任せる制度であると捉えられることが多いですが,当時は檀家制度に戸籍制度の意味合いがあったようです。

 

 檀家制度があるものだから人々は檀家から抜けて勝手に移住することができないだけでなく,何かあるとお寺からは檀家から外されるというリスクを背負います。そこで人々はお寺にお布施を支払うなどしていました。

 

 これが明治時代になると廃仏棄釈や神仏分離などの動きによってお寺の力が弱まって行ってしまったり,神社とお寺が区別されて行きました。そんな中で太政官布告により神社が等級化されて行きました。

 

ランクは低いが親しい仲

 等級化された中でも伊勢神宮などの神社は格式が高く,県社と言われるような各県地域を代表する神社なんかもあったそうです。そして,中にはランク外とされる無格社なるもの存在したとのこと。

 

 ランク外で格がないというと寂しいですが,それは裏を返せば地元にある普段使いの神社となるようです。そんな地元の近所の神社に住まう神様が神さんと呼ばれ親しまれたことで神さんという言い方が残ったということでした。 

 

テングになったり,カイコになったり

時代によって変わる願い

 さて,神さんという言い方は昔の人が地元の神様に対して親しみを込めての使ったものということがわかりましたが,さらにこんなことも。ある地域の山は何万年も前から山の神さんとして信仰の対象とされてきたのですが,その時々で神さんの姿形は変わらしいです。

 

 なぜなら,人々の長いが変わるから。例えば,狩猟の時代では山の神は女性で山姥とされて,男性は狩猟の際に必ず山で放尿しなければならないという言い伝えがあったり,養蚕が盛んな時代はカイコの神さんとして崇められたり,現在では修験の信仰と関わって天狗の姿をしてお札に描かれたりということもあります。

 

 人の願いによって姿を変えるなんて興味深いと思いました。人って自分勝手だと思いながら,それでもどの時代も同じ山を別の願いから信仰する不思議さも感じました。やはり,何か人を惹きつける霊的なものもあるのでしょうか。ないのでしょうか。興味は尽きません。

 

  

 90分間で聞きたいこともあってなかなか話が脱線できない中,たくさんのこぼれ話も聞くことができてとても楽しかったです。しかも,お土産に地誌や石仏図鑑や各種論文なども貸していただきました。

 

 

 ペラペラ眺めているとこれがまた面白い。地元の祭りや伝説などなど土着的な文化の話が様々な観点からまとめられていたり,地形や環境,動植物の様子なども載っていたりします。図書館に他の市町村の地誌もあるとの話なのでまた近いうちに調べ物にもでも行きたいです。この冬は,地域研究が楽しみになりそう。